岳人に石を投げたやつはやっぱり病院に行っていたらしい。らしい、っていうのは母さんに聞いたから。 怒られるかな、と思ったけどそれに関しては「友達のためなら仕方ないわよねえ。」と別に怒られなかった。 それよりも怪我してるのにそのまま遊びに行ったことについて怒られた。 岳人や宍戸と仲の良い兄ちゃんは「よくやった。」っておれを撫でてくれた。 自分の親だけど、母さんは変わってると思う。 一見おっとりしてるし物腰も柔らかくて、慈郎の母さん優しくていいなーって岳人と宍戸によく言われるけど、おれの家で一番強いのは母さんで、一番怒ると怖いのも母さんだ。 以前兄ちゃんとこっそり父さんの書斎に忍び込んだ時、父さんの高校のアルバムを見つけた。 父さんと母さんは高校の時から付き合ってて、そのまま結婚して、今でも子どもがひくくらいラブラブだ。 若かりし頃の父さんと母さんにわくわくしながらページをめくると、父さんと母さんはすぐに見つかった。 当時からラブラブだったんだ、と思った。 二人ともあんまり変わってない。 ただ、母さんの髪が金髪でスカートが長くて、いわゆるスケ番の格好だったこと除いて。 おれの金髪は父さん譲りで、母さんは綺麗な黒髪だ。 兄ちゃんはしっかりと母さんの黒髪を受け継いでる。 おれたちは静かにアルバムを閉じると無言で書斎を出た。 それからおれと兄ちゃんが母さんの手伝いを進んでやるようになって母さんを喜ばせたのは別の話。





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母さんは喧嘩で負けたことがなくて、金髪の悪魔とか言われて地元では恐れられていて、父さんはそんな母さんの強さに惚れたらしい。 やっぱり変な夫婦だ。 「母さんって元ヤンだったの?」と母さんが買い物に行って、父さんと一緒に店番をしている時に聞いてみるとそんな答えが返ってきた。 きっとおれの強さの憧れは父さん譲りで、喧嘩の強さは母さん譲りだ。

上級生を病院送りにしてから、おれは目をつけられるようになった。 最初は無視してたけど、だんだん面倒になってきて一度ボコボコにしてやったらそいつは二度とおれにちょっかいを出さなくなったので、それからは呼び出されるたびに相手をボコボコにしてやった。 最初は宍戸も岳人も心配してくれてたけど、おれが無傷で五人をボコボコにする場面を見てからは何も言わなくなった。 おれは自分から喧嘩を売ることはしなかったけど、気づいたら幼稚舎だけじゃなくて中学生にも目をつけられていて、そいつら全員の相手が終わる頃にはおれは“金髪の悪魔の再来”とか言われてて、気づけばおれに喧嘩を売るような面倒なやつはいなくなっていた。 ただ、おれに近寄ってくる人もいなくなっていた。 みんな怯えた目で、腫れもののようにおれを扱った。

「帰ろうぜー慈郎」

べしん、と頭を叩かれておれは目が覚める。この無遠慮な叩き方はがっくんだ。 顔をあげると予想通りのおかっぱがおれの机の前に立っている。 宍戸はー?というと便所、と準備の遅いおれの代わりに荷物をおれの鞄につめながら岳人は答えた。 岳人と宍戸だけは、相変わらずおれの傍に当たり前のようにいてくれた。 怖くないの、と一度だけ聞いたことがある。二人は心底馬鹿にしたような顔で「なにが。」と言った。 その夜おれは布団の中でちょっとだけ泣いた。 やっぱりおれは岳人と宍戸が大好きだ。 岳人がノートとか教科書とか筆箱を適当に鞄に入れているのをぼんやりと見ている間に宍戸が帰ってきた。 相変わらず宍戸の鞄はぺったんこだ。

「宍戸おせーよ。うんこか」
「ばっ!ちげーよ!」
「宍戸ちゃんと手ぇ洗った?」
「洗ったわ!」

明るいし、面白いし、運動も出来るし、二人は人気者だった。 そんな二人のおかげで段々おれの誤解もとけていって (相手をボコボコにしたのは事実だけど、おれは不良でもなんでもないし、煙草も吸わないし、いらついたからって人を殴ったりしない。)、 少しずつクラスにも受け入れられるようになって、幼稚舎を卒業する頃にはみんなと仲良しだったし、おれの過去のこともすっかり忘れられていたと思う。 だから、完全に油断していた。 中学校に上がっておれはすっかり忘れていた。 環境が変わるとことは、状況も変わるのだということを。昔おれにボコボコにされたやつらがみんな中学に上がってて、巨大な組織になってて、そこのボスは他校から来たからおれのことを知らなくて、不穏分子を潰そうとしてて、なんてことをおれは思いもしていなかった。 下駄箱に呼び出し状が入っていて、ラブレターかな、とか思って校舎裏に行ったら、いきなり脳天に鋭い痛みと衝撃。 殴られた。しかも、たぶんバットか何かで。 意識が一瞬で飛びそうになるのをなんとか堪えておれは後ろを振り返った。 そこに居たのは昔岳人に石を投げた誰か。 とその後ろには昔殴ってぼっこぼこにした面々がたくさん。

「なに、いまさら仕返しとか、まじだっせーC―」

減らず口を叩いてみても状況は最悪だった。 昔だったら絶対こんな不意打ち喰らわなかったし、すっかり平和ボケしてたな、とだらだらと血が額に流れてくるのを手で拭いながら思った。 万全の状態だったらこの程度の人数、余裕でぶっ倒せるのに、今のおれは壁に手をついて立つのがやっとだった。 大人数と壁に囲まれる。 ああ、四面楚歌ってこういうことか。 やべーよ。おれまじピンチじゃん。何がラブレターだよ。あんな簡素な手紙が、ラブレターなわけないじゃん。 まじおれ馬鹿だし。どうすんの。 ああ、そういえば昔みてたアニメにこんなシーンがあったな。 ヒロインが悪者に囲まれてて今にも攫われそうになってんの。 んで、ヒーローが現れてそいつら全員蹴散らしてくれんの。 おれ、今あのヒロインと一緒じゃん。 ああ、誰か助けてくれねーかな。

「おい、そこで何してる」

遠くなっていく音と滲む視界の中で凛とした声が響いた。 その声に呼ばれるように飛びかけた意識が浮上する。 静かな、それでも強い、心地よい綺麗な声だった。 誰だろ、と顔を向けるけど血が視界を邪魔して全然見えなかった。 頭は痛いし、血が流れすぎてくらくらするし、おれはもう限界で静かに膝から崩れ落ちた。 地面が固い。身体が重かった。手も足も動かない。どくどくという心臓の音が聞こえる。 血が温かいということを、おれははじめて知った。

「おまえら、一人相手にそんな大人数で恥ずかしくねえのか、アーン?」

ヒーローだ、と思った。 ピンチの時に颯爽と現れて、助けてくれる、強くてかっこいい、そんなヒーロー。 ぼやける視界の中でヒーローは次々に先輩たちをやっつけていった。 おれみたいに、相手を暴力でねじ伏せるんじゃなくて、相手が最小限の被害で済むような、舞うような美しい戦い方だった。 (実際に舞っていたのは相手の身体だが。) 見る人が惹きこまれるような、まるでおれの憧れたヒーローのような。 全員が地に伏してヒーローがおれに駆け寄ってくる。 焦った顔でおれを覗きこむヒーロー。 遠くで誰かの声が聞こえる。 ヒーローの瞳は透き通るように青くてまるで空みたいだと思った。 そこでおれの意識は途切れた。 その空はおれを否定しなくて、優しい色で、何処までもただ美しかった。