目を開けると白い天井。消毒液の匂い。と、心配そうにおれを覗きこむ幼馴染。
「慈郎!この馬鹿!おまえ何やってんだよ!」
「ばか!慈郎おまえほんとばか!」
ばかばかと五月蠅い幼馴染たちは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
なんて顔してんの。まじだっせーC―。身体を起こすとズキッと頭が痛んだ。
思わず頭に手を当てる。懐かしい包帯の感触。
宍戸と岳人はばかばか言っていた口を閉じてじっとおれを見ていた。
「目が覚めたか」
凛とした声が空気を揺るがした。
おれはこの声を、知っている。
声のした方へ顔を向けると優雅に足を組んだおれのヒーローがイスに座ってこちらを見ていた。
ああ、夢じゃなかったんだ。
おれのヒーローの名前は跡部というらしい。
同じ一年生で、家が超金持ち。
幼いころから護身用に武術を教えられていたらしく、だからあんなに強かったのか、と納得した。
宍戸は明らかに嫌そうな顔で跡部を見ていた。
金持ちとか、宍戸の嫌いなタイプだもんな。
ここは跡部の家とゆかりのある病院で、おれを運んでる途中でいつまでも帰ってこないおれを心配して探しに来た宍戸と岳人とはち合わせして、勘違いした宍戸が殴りかかりそうになって岳人がそれを止めて、という紆余曲折があって今に至るらしい。
白いシーツ。白い包帯。すべてが白い病室で、その青い瞳は静かにおれを見ていた。
Die Henne oder das Ei?
title 7-1
(http://www15.ocn.ne.jp/~muku-kan/7-1/)
「あれ、慈郎頭に傷あるやん。どしたん、これ」
皆に進路調査票を爆笑されて机で不貞寝していたおれの頭をもふもふと撫でまわしていた忍足が手を止めて言った。
ああ、たぶんあの時の傷だ。
血とかだくだく流れてたし、何針か縫ったらしいし、頭部なんて見えないし、おれはすっかりその傷のことを忘れていた。
指でなぞるとうっすらと線のような傷があるのがわかった。
うわ、この部分だけハゲてたらどうしよう。
「一年の時のだろ」
「ああ、元ヤン時代な」
「おれ元ヤンじゃないC-!」
宍戸が携帯をいじりながら答えた。
忍足はまたおれの頭を撫で始める。
それが心地よくて眠気が襲ってくるけど、今日はもう寝ない。
がっくんは補習用に出されたプリントを跡部に教えてもらいながらまだ解いている。
早くしろよ岳人、と宍戸が言う。
みんながっくん待ちで、今日はこれが終わったらカラオケだ。
おれが担任に呼び出されている間に日は沈みはじめていて辺りはオレンジ色に染まり始めていた。
窓の外からはテニス部の声とボールの音が聞こえる。
新生テニス部はどうやら順調なようだ。
日吉部長、と皆でからかいに行ってスカッド並みのサーブが飛んできたのは記憶に新しい。
おれもテニスしたいC-、というと宍戸にプリントで頭を叩かれた。
「慈郎、おまえもはやく進路調査票書きなおせよ。再提出だろ」
「えー。だって進学先ってどうせ氷帝じゃん」
「だからそう書けばいいんだよ」
「でもおれ本当にヒーローにもなりたいC−」
さっさと書きなおせばいいのだけど、それもなんかつまらなかった。
大体、外部入試を受ける生徒以外にこんなもの不必要だ。
なんでこんな意味のないことが必要なんだろう、とシャーペンを指で回しながらプリントを見る。
枠をはみ出してでかでかと書かれたヒーローという字は、なかなか豪快でいい出来で、消すのが惜しかった。
「別にいいじゃねえか、それが慈郎の夢なら」
がっくんにプリントを教えてて話なんて聞いてないと思っていたからその言葉におれは少し驚いた。
跡部の瞳には今日も空が広がっていて、その青い瞳は真っ直ぐにおれを見ていた。
おれはその目に弱い。
窓の外には橙色と水色の混ざった空が広がっていて、おれはプリントを綺麗に折って飛行機を作るとその境目に向かって思いっきり窓から飛ばした。
おい慈郎!と宍戸は慌ててたけどおれは満足だった。
いいじゃん別に。明日また貰えばいいC−と言うと宍戸は溜息を吐いた。
がっくんがおれも飛ばしていいかな、と言って宍戸に殴られていた。
飛行機はよく飛んだ。
気づいたら皆がそれを見ていた。
どこまで行くかな。テニスコートに落ちたらきっと日吉に怒られるから、もっと遠くまで飛んでほしい。
空を割るように飛行機は進んでいく。
跡部も肘をついて飛行機を目で追っている。
空色の瞳には飛行機が映っていて、その優しい空を飛んでいる飛行機が、おれは少しだけ羨ましかった。