初めて千歳さんに会ったとき「ひかるは野良猫たい!」と初対面にも関わらずおれを呼び捨てにしてなおかつ意味不明なことを言うこの人を口には出さなかったが頭おかしいんやろなと思った。
やたらスピードスピード五月蠅い先輩やら、どえらい意味の単語が口癖な部長やら、うちの学校はおかしい人ばっかやけどその中でも千歳さんはダントツにおかしい。
下駄をはいていて(ここが一番のつっこみどころや。)たまに学校に来たかと思えば授業にもでないで猫のようにふらふらしたり木陰で寝ていたりしている。
ほんまこの人何しに学校来てるんや。
「ひかるー、何聴いとっとー?」
カラコロカラコロ。下駄の音をさせながら図体のでかい猫がふにゃふにゃ笑っておれに寄ってくる。
おれはこの人が苦手や。おれの引いた境界線をこの人は簡単に飛び越える。その重そうな下駄であっさりと。
おれは人にべたべたされるんが好きやないのに千歳さんはパーソナルスペースがめっちゃ近い。
これが謙也さんとかやったら「うざいっすわ」と簡単に払いのけれるのだが、金太郎と千歳さんは、なんや自分でもようわからへんけど邪険にでけへん。
「洋楽っすわ」
「ほー。やけん、ひかるは英語が得意なんやね」
ヘッドフォンも外さず視線もよこさずiPodを弄っているおれの態度を気にした様子も無く、千歳さんはぴったりくっつくように横に来ると頭を下げておれの手元を覗き込んだ。
ほんまこの人は腹立つくらいでかい。
千歳さんと並ぶと影が出来ておれはその中にすっぽりと収まってしまう。
日よけに丁度ええわ。と最近はそう思うようにしている。
ちらりと千歳さんを目だけで見ると左耳の銀色のピアスが目に入った。
偶然街中で見つけたシルバーピアス。それを買ったのは気まぐれだった。
欲しい言うてはりましたよね。と包装されたそれを渡すと嬉しそうに目を輝かせて千歳さんは笑った。
綺麗に笑う人だなと思った。ふにゃふにゃの笑顔は温かくて蒲公英のようだった。
ふわふわの癖毛が頬に当たる。
おれの肩あたりまで降りてきた千歳さんの顔。
この人の顔を見上げないで見るのは久々だった。
その目にはおれとは違う世界が見えていて、きっとこの人はおれと住んでいる世界が違う。
その目に映る世界はきっときらきらと輝いていて広くて自由で鮮やかで澄んでいる世界だ。
「んー?よく見えんとね」
そういえばこの人片目悪いんやったわ。
ああ、やからこないに近づかな見えへんのか。
さらに顔を近づけた千歳さんの髪がふわりと揺れる。
その髪は太陽のにおいがした。