小さい頃は「大きくなったらヒーローになる」って言うとみんな可愛いねって笑ってくれたけど、今はそんなこと言うと幼稚だって笑われる。
進路調査票に「ヒーロー」とだけ書いて提出して担任に呼び出されて怒られて帰ってきたときも、宍戸と岳人と忍足は爆笑してた。
でも跡部は「夢があっていいんじゃねーの。」って笑わなかった。
それがおれはすごく嬉しかった。
Woelfen im Schafenpelz
title 7-1
(http://www15.ocn.ne.jp/~muku-kan/7-1/)
初めてヒーローに憧れたのは幼稚舎の頃だった。
テレビでヒーローアニメをみて、敵を次々に倒していくヒーローの姿が、すごくかっこよく思えた。
颯爽とヒロインのピンチに現れて、あっという間に敵を倒す、その強さにおれはすごく憧れた。
好きな人を守れるって、超かっこいいじゃん。
慈郎が最後まで起きてるなんて珍しいわね、と母さんが驚いていた。
いっつも途中で寝ちゃって、物語の結末を見逃しちゃうおれが初めてまともに最後まで見たのがそのアニメだった。
名前は忘れちゃったけど、あのヒーローの姿は今でもちゃんと覚えてる。
派手な服を着てて、かっこよくて、めちゃくちゃ強い、おれのヒーロー。
「慈郎、遊びに行こうぜー」
「お前今度は途中で寝んなよ」
「うん!わかってるC−!」
家も近所で、親同士も仲が良くて、幼稚舎も同じで、だから宍戸と岳人とおれはすごく仲が良かった。
いわゆる幼馴染ってやつ。
二人とも真っ直ぐで男らしい気持のいいやつらだし面白いし、おれは二人が大好きだった。
岳人と宍戸は学校でも目立ってた、しかも結構生意気だったから、上級生によくちょっかいをかけられてた。
岳人も喧嘩っぱやいし、宍戸は血の気が多いしで、二人と一緒にいるおれはよく喧嘩に巻きこまれた。
思い出してみたらおれたちは上級生と喧嘩ばっかしてた気がする。
問題児ね、と先生を呆れさせたりもした。
一度、岳人が石を投げられて目の上を切ったことがある。
血が出て、岳人が蹲って、遠くから笑い声が聞こえて、宍戸は慌てて岳人に駆け寄った。
ぽた、と血が落ちて地面に吸い込まれていった。
スローモーションのように映ったそれを見て、おれは頭が真っ白になった。
そっからのことはよく覚えてなくて、気づいたら宍戸と岳人が泣きながらおれを後ろから羽交い絞めにしてた。
おれは岳人に石を投げたやつの上に跨ってた。
相手はぐしゃぐしゃに泣いてて、汚い顔だなって思ったのを覚えている。
「もういいよ、慈郎。おれ、大丈夫だから」
おまえの方が、酷いじゃん。と言われて初めておれは自分の手が血だらけなことに気付いた。
おれの血か相手の血かわからなかったけど、多分両方の。
急に周りの景色が戻ってきて、そしたらすごく拳が痛くなってきて、殴られる方だけじゃなくて殴る方も痛いんだということをおれはこの時知った。
「慈郎、おまえ喧嘩強いんだな。知らなかったぜ」
保健室で一緒に手当を受けながら、岳人はおれを見て言った。
その後「こら。」と保健室の先生に怒られていたけど。
宍戸は保健室のイスに座っておれたちを待ってた。
先に戻っててもいいのよ、って言われてたけど宍戸は行かなかった。
保健室の先生は優しくて可愛くていい匂いがして、とても人気があった。
宍戸が保健室の先生のことを好きなのをおれと岳人は知っていたから顔を見合わせて笑ってたら顔を真っ赤にした宍戸に叩かれた。
ちょっと、おれたち怪我人なんだけど。
岳人は、目の上の太い血管が切れて血がなかなか止まらなかったけど、傷自体は小さくて傷も残らないし、縫う必要もないし、思ったより酷くなくて、おれの手のほうがよっぽど重症だった。
両手は包帯でぐるぐるに巻かれて、えんぴつは持ち難いし、ご飯は食べ辛いしで今日は一日散々だった。
ミイラ男だC−、とか言って遊んでたけどそれもすぐに飽きた。
相手がどうなったかは知らない。
顔も見たくないし興味も無い。
一番重症で、保健室にはいなかったから、たぶん病院に行ったんだと思う。
「がっくん、傷残らないってさ。よかったね」
「はあ?女じゃねーんだから別に気にしねーし」
「何言ってんの。女の子みたいな顔して」
「クソクソ慈郎!気にしてること言うんじゃねーよ!」
ぐにっと頬っぺたを両側から抓まれる。
いひゃいいひゃいと涙目になっていると満足そうにフン、と鼻を鳴らして岳人は指を離した。
だって、傷なんか残ったら見るたびに思い出してむかついちゃうじゃん。
ヒリヒリする頬っぺを撫でながらおれは岳人を見る。
岳人はもう怪我もその原因も全く気にしていないようだった。
見た目は女の子みたいだけど、がっくんはおれたちの中で一番男らしい、とおれは思う。
それを言うとまた頬っぺを抓まれるだろうから言わないけど。
宍戸は見た目は男らしいけど、おれたちの中では一番女々しい気がする。
おれがうっかり食べちゃったチーズサンドの話を未だに持ち出してきたりするし。
まあ宍戸が根に持つのは食べ物に関することだけなんだけど。
ちらりとおれを挟んで岳人の反対側を歩く宍戸の方を見ると、保健室の先生に貼り替えてもらった絆創膏に嬉しそうに指で触っている宍戸と目があった。
「慈郎、おまえ、すげーじゃん」
「なにが」
「おれらよりでかいやつに、勝ったじゃん」
かっけーよ、ヒーローみたいだった。ニカッと宍戸は笑った。
きょとんとした顔をしていたのか、聞いてんのか、と頬っぺたをむにっと抓まれた。
なんで二人しておれの頬っぺた抓むの。
と睨むとだっておまえの頬っぺた気持ちいいんだもん。
と頬っぺたをむにむにしながら宍戸は答えた。
“ヒーローみたい”って宍戸が言ってくれたとき、本当は喜んだり嬉しい気持ちになるんだろうけど、おれは自分でもびっくりするぐらい、ちっとも嬉しくなかった。
だって、きっとヒーローはこんな醜い感情なんて、知らない。
おれ、殴ったことも怪我させたことも、ちっとも反省してないし、おれの大好きな友達にあんな酷いことしたやつなんて死んでもいいと思ったもん。
ありがとー、とへらりと笑う。
おれ、知ってるんだよ。
おれを止めた二人の目が、少しだけおれを怖がってたこと。
たぶん、びっくりしただけなんだろうけど。
でもちょっとだけ、それが悲しかったんだ。
あの時、蝉の鳴き声を遠くで聞きながらおれは真っ白な世界にいた。
鈍い音と不快な感触。
たぶん、あれは人を殴る音。
おれは夏が好きだ。
遅くまで遊べるし、プールも入れるし、アイスも美味いし。
放課後になってもまだまだ日は高くて、おれたちは通学路を並んで歩きながら、この後どうするかを決めていた。
駄菓子屋でも行くか、という岳人の提案に宍戸がのって、今日はきっとこのまま駄菓子屋から公園の流れだろう。
見上げると突き放すように空が高くて、その鮮やかな青さはまるでおれを否定しているようだった。