夢でてきたヒーローは丸井くんにそっくりだった。 見た目も声も丸井くんだったけど、髪の色が青色だった。 おれはどこかの国のお姫様で、ふりふりのドレスなんか着ちゃって頭にキラキラのティアラをのっけて、丸井くんにお姫様抱っこされてて、その首に腕を回しながらやっぱ丸井くんは赤だよなあって思いながら下から丸井くんを見てた。 丸井くんは睫毛が長くて、それをじっとみてたら丸井くんと目が合って、丸井くんはおれを見てニヤリッて笑った。 ヒーローはそんな笑い方しないよ。本当は丸井くんの方が悪者だったんじゃないの。ってくらい悪い笑みだった。 そう思ったら面白くなってきておれも笑ってしまった。 その髪は跡部の目の色と同じだった。







091







「なんか慈郎いい匂いすんだけど」
「んー、調理実習だったから」
「まじ?何作ったんだよ」
「マフィン。紅茶味でまじ美味C−んだよ」
「いいなー!くれ!」
「だーめ!」

丸井くんにあげるんだCー!というとがっくんは不満そうな顔をした。 なんでおまえそんな丸井が好きなの。お腹を減らした幼馴染より丸井の方が大事なのかよ。 とでもいいたげな顔でがっくんはおれを見ていた。 がっくんのことは大好きだけど、おれ丸井くんも大好きだから。

「これはお礼なの」
「何の」
「助けてくれたお礼」
「は?助けられたの?」
「うん。悪の大王からおれを助けてくれたの」

夢の中でね。と言うとこれまた不満そうにがっくんはおれを見た。 じとっ、ていう表現がぴったりの目だった。 慈郎のばか。というとがっくんは机に突っ伏して動かなくなった。 部活を引退してからおれたちは萎んだ風船みたいにふにゃふにゃだった。 内部進学だからそこまで真剣に勉強しなくてもいいし。 部活の代わりに打ち込めるものが見つからなくておれたちはすっかり暇を持て余していた。 本当は自主練習ってことで部活に参加してもいいんだけど「引退した身が邪魔をするな」という跡部の意見でおれたちはたまに顔を出すくらいしかしていない。 (たしかにおれらがいたら日吉はやり辛いだろう。) 一人で自主練習もいいんだけどね。いいんだけどさ、やっぱりみんなと一緒じゃなきゃつまんないし全然わくわくしない。

「宍戸はー?」
「なんか英語がやばいらしくて職員室行ってる」
「え、そんなにやばいの?」
「進学ギリギリらしいぜ。まじ激ださ」

ふにゃふにゃふにゃ。がっくんはおもちみたいに宍戸の机の上でぐったりしてる。 今年の夏は早かった。瞬きしてる間に終わってしまったみたいだった。 燃え尽き症候群?っていうのかわかんないけど、あの跡部ですらたまにぼんやりしてる。 あの夏がおれたちの全てで、誇りだった。

「がっくん。今日ね、丸井くんたちとテニスすんの」
「・・・ふーん」
「がっくんももちろん来るよね?」
「は?」

がっくんはやっと顔を上げた。 唐突すぎ。意味わかんねえし。そんなこと言ってたけど、顔はすごく嬉しそうだった。 テニス。その単語だけでおれたちは簡単に息を吹き返す。 ふにゃふにゃだった身体に空気が入ったみたいにぴしってなる。

「なんか引退した三年生全員連れてきてくれるんだって」
「おいおい。豪華だな」
「跡部とかみんなも誘ったからさー、今日はみんなで跡部んちでテニスね」

あとは宍戸が帰ってくるだけだ。そうすれば氷帝の三年生が全員揃う。 (ほんと、宍戸は間が悪い。) がっくんは超スピードで帰りの準備をしてる。 さっきまでのだらだらは何処行ったのって思うくらい。 跡部はとっくに全員分のレギュラージャージを用意して校門にリムジンを止めて待ってくれている。 跡部、絶対今頃イライラしてるだろうな。 眉間に皺よせて腕を組んで舌打ちをしている様子が容易に想像できた。 忍足はもうリムジンに乗っているというメールがさっき届いた。 丸井くん、元気かなあ。 跡部んちについたら真っ先に試合してもらおう。 おれはもうわくわくしすぎて今日は全然寝てない。 ほんとうに丸井くんには感謝だ。 そういう意味も込めてマフィンを渡そう。 がっくんはもうわくわくが抑えきれないって顔で鞄を持って立っていた。 それはおれもなんだけどね。 と思っているとガラッと教室のドアがあいて宍戸が帰ってきた。 宍戸はまだ空気がふにゃふにゃしてる。 だってまだ今日のこと言ってないし。 なんかお前ら元気じゃね?って不思議そうな顔で宍戸はだらだらと席についた。 この後宍戸もがっくんみたいにぴしっとして慌てて準備を始めるんだろうな、と思うとおれは笑いが止まらなかった。


(テニスの代わりになるものなんて、おれたちにはない。)